コラム

「喫茶店」、数十年後には文化財に!?


 いつの間にか社会的に存在していた名前が消えてなくなることがある。もちろんそういう場所自体はなくならないのだが、「喫茶店」という名前は何十年後かにはなくなってしまうかもしれない。懐古趣味のマニアが集う場所という限定的な意味で細々と「喫茶店」という名称を暖簾代わりに使い続けるかもしれないが。
 「カフェブーム」である。週刊誌・月刊誌(特に女性誌)の中では、必ずどこがカフェ特集を組んでいる。20代女性が主な読者で社会的な影響力も大きいといわれている「アンアンan an」(マガジンハウス)でも、1月30日号で「カフェを思いきり楽しもう!」という大特集を組んでいて充実した内容であった。自称「アンアンWatcher」としては久しぶり好企画であった思う。人気NO.1のコーヒーチェーン「スターバックス」は新興宗教のように日本全国に狂信的な"信者"を増やしている。
 このようなブームの背景として消費者、特に若者にとって、「カフェ」という場所のもつ意味自体が大きく変わってきたことがある。かつては「オヤジの避難場所」や「待ち合わせの暇つぶしの場所」というイメージが強かったのが、今では2時間でも3時間でもそこで「まったり」と過ごすこと自体が楽しまれているのだ。長く過ごす場所ということで椅子や机、照明、音楽など全体の内装や雰囲気も相当凝った工夫をしている。
 またご飯を食べる場所としても人気である。最近では「カフェ飯(めし)」と呼ばれる独特のメニューが人気を博している。もちろん今までの喫茶店で出されていたようなサンドイッチなどの軽食ではなく、ビストロや和食専門店並みのかなり充実したメニューが供されている。
 今の状況は「カフェ・バブル」。いつものことながら、これだけの盛り上がりを見せながら、淘汰される時代も数年後には迫っているように思われる。
 ここまで侵食されながら、既存の喫茶店は打ち出すべき対抗策を出せていないのが実に残念である。「喫茶店独自の文化」を守るというのはわかりやすい図式だけども、これだけのブームの中で目が肥えた消費者を今まで通りで振り向かせることは相当難しいに違いない。
 ようは価格が安いか、カフェ的な新しいスタイルを持っているか、などこだわりというか、独自性がないと生き残れない「大競争時代」に、喫茶店業界も本格的に突入しているのだ。

立教大学大学院 浅岡隆裕 2002年2月