コラム

地名は奥が深い


 小説家の故司馬遼太郎さんは国民的な歴史小説を生み出すとともに、日本各地に残る古街道を訪ねるフィールドワークを30年近くも続けた。その絶筆となったのは『濃尾参州記』である。司馬さんは同書の中で名古屋市「緑(みどり)区」について触れ、その地名の由来を絶賛されていた。江戸期の俳人松尾芭蕉が鳴海宿で詠んだ句の一説にある「一みどり」に由来するという。「一みどり」とは、野と海との色面の境目がないことを詠った物である。緑区の区名の由来をこの句にすれば、「市政関係者の感覚はなみなみではない」としている。
 ところで、先日読んだ雑誌記事の中で興味深かったのは、「愛知(あいち)」県の由来である(作家の童門冬二さんによる『日経ビジネス』誌の連載2002年2月25日p137)。あいちの語源になったのは、尾張地区に伝わる「あゆち思想」であり、それは「海から吹いてくる幸福の風」を意味し、尾張地区はその風を受け止める場所だということである。童門さんはさらに推理を進めて、織田信長が後年居城を築いた「安土(あづち)」という地名もどこか「あゆち」に似ているとし、「日本国を幸福の風に満ちたユートピアにしたい」と考えて信長自身が命名した説を支持している。私自身は「あゆち思想」については全く知らなかったが、何と意味深くロマンに満ちた言葉であろうと感銘を受けたものだ。ましてや先の司馬さんの例と同様、それを正式な地名とした人の思慮に感心する。ちなみに「愛知」の由来については、アイヌ語のay-chi(支流+多いところ)だとする説もあるという。
 私たちが普段何気なく使用している地名には、歴史の一段面が深く刻まれている場合が多い。だから新しく開発された街ほど、無機質なネーミングしかない。「〜中央」「〜ヶ丘」など。
 確か「西尾」の語源は「煮塩」すなわち製塩技術に由来するといったものなど諸説あるとのことであった。「吉良」「一色」「幡豆」・・・さらにはその下にぶら下がっている字名「馬捨場」「高落」「十五夜」・・・など、想像力たくましく過去への思いを馳せてみたい。苗字についても同様に歴史が刻印されている。その背景を知ったら、住んでいる街や祖先についてもっと知りたくなるだろう。
 みなさんはそれぞれの由来を知っていますか?

立教大学大学院 浅岡隆裕 2002年3月